大判例

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大阪地方裁判所 昭和33年(ワ)1029号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔事実と判例〕原告等先代中野辰蔵は、その所有にかかる家屋(木造瓦葺二階建居宅一棟、建坪九坪七合四勺、二階坪九坪二合四勺)を昭和一一年七月二〇日から被告に賃貸していた。昭和二九年に辰蔵が死亡して原告等三名と辰蔵の妻中野ミツが右家屋を相続したが、昭和三〇年に同女も死亡して、同女の相続人樋上シヅほか四名から原告等を相手方として遺産分割の調停申立があり、その結果、原告等は右樋上シヅほか四名に対し二一六、六六六円を支払うこととし、本件家屋は原告等三名の共有とすることで解決した。現在原告等三名が本件家屋を共有している。

ところで原告中野薰は貸舟業を営んでいるが、岸壁に繋留してある船を住居としていて生活は極めて不自由であり、本件家屋を自から使用する必要があるとして、昭和三三年二月二〇日に被告に到達した書面で、被告に対し正当事由に基づく賃貸借契約解約の申し入れをした。そして本件家屋の明渡を求めて本訴となつた。

争点は正当事由の存否にある。裁判所が証拠に基づき認定した当事者双方の事情は次のとおりである。

原告側の事情 原告等先代中野辰蔵の遺産としては、本件家屋と、これに隣接する、辰蔵とその妻の居住していた家屋(木造瓦葺二階建居宅、建坪一二坪五合二勺、二階坪一一坪三合七勺)とその敷地、河川占有権等があり、辰蔵の相続人は原告等三名と中野ミツ(辰蔵の妻)であつたが、同女が死亡して同女の相続分をさらに同女の相続人樋上シヅほか四名が承継した。ところが樋上シヅ等五名から原告等三名を相手方として遺産分割の調停申立があつて、原告等は遺産を換価処分して分割することを考えたが、早急に換価処分することは困難であり不利でもあつたので、右遺産は原告等三名の共有とし、裁判所の評価に従つて原告等は樋上シヅ等五名に対し相続分相当額二一六、六六六円を交付することとなり、原告中野務、同中野康祐が右金員を調達してこれを樋上シズ等に支払つて昭和三一年一月二六日に調停が成立した。原告等は中野ミツ死亡後は空屋となつた前記隣接家屋を空屋のまま使用することがなかつたが、昭和三二年一〇月一五日にこれを他に売却処分し、その売得金をもつて原告中野務、同中野康祐が調達して樋上シヅ等に支払つた金員や、辰蔵の生前の借財の支払に充てた。原告等は、本件家屋をも換価処分して原告等各自に分割配分することを意図するとともに、原告中野薰においてこれを自己の住居として使用したい希望であつた。それで昭和三一年頃から被告に対して立退料として二〇〇、〇〇〇円支払うとか、そのほかボート屋、ボート一〇隻、伝馬船一隻を提供するとか、あるいは家屋売却金の半分を支払うとかの条件を提示して再三本件家屋明渡の交渉を重ね、昭和三二年二月七日になつて、立退料二〇〇、〇〇〇円で明け渡すよう賃貸借契約の申し入れをなし、被告の提供する賃料を受領しなかつた。その後、原告中野務が原告中野康祐、同中野薰に穏便に措置するようすすめたので、原告等は昭和三二年四月から三三年三月分まで再び賃料を受領した。原告中野薰は昭和二八年頃から大阪市北区天満橋筋一丁目三九先の岸壁に繋留してある縦三メートル横九、一一メートルの箱型の船(二畳と四畳の居間二間、甲板、廊下、便所、別に岸壁に物置小屋一軒がある)に住み込み、貸ボート屋を経営している。家族は妻、長男(二三才)、長女(二二才)次女(一二才)の五人家族であつて、本件解約申入当時は長男が他に住込で働き、長女はその夫と他に居住していたので、船には原告中野薰と妻、次女の三人が居住していた。昭和三四年九月長男が失職して船に帰つたので、その後は四人家族が船に居住している。船には水道設備がなく、晴雨にかかわらず岸壁で炊事をするなど、日常生活が不便不自由なので原告中野薰は本件家屋の明渡をえて移り住みたい意向である。

被告側の事情 被告は楽士として音楽喫茶店、アルサロ等に月収約一五、〇〇〇円を得て、転々と職場を変えて働いているが、五七才という年令的な制約もあつて職業としては不安定であり、失職することも多い。神経痛の妻、八二才の老令の母、本件家屋で珠算を教えているが固定収入のない長男、会社員として月収約一〇、〇〇〇円の次男、高校生の三男の六人暮しでは生活に余裕はない。それでも本件家屋を賃借してからは、簡単な修理修繕はすべて自費でなし、賃料支払を遅滞したこともない。本件家屋は階下六畳、三畳の二間、階上六畳、四畳半の二間であつて、階下六畳は被告夫婦の居室、階上四畳半は老母の居室、六畳は珠算教室にあてている。被告は原告等から二〇〇、〇〇〇円の立退料を提供するとの申入を受けているが、当初はそのほかボート屋、ボート一〇隻等の提供の申入れもあつたし、これらは他に一五〇、〇〇〇円で売却されたと聞いているので、これに移転費用をさらに五〇、〇〇〇円見積り、立退料としては結局四〇〇、〇〇〇円以上の提供を受けない限り明渡す意図がない。

裁判所は以上の認定に基づき、まず「正当事由」の有無の判定の基準として

「賃貸人のなす賃貸借の解約の申入れに、借家法第一条の二にいわゆる「正当の事由」があるというためには、賃貸人が自ら賃貸家屋を使用する必要があるということだけでは十分ではなく、その必要性に緊急性が存在し、かつ、その程度が賃借人と同等乃至はそれを超過すると認められることを必要とすると解すべき」

であるとしたうえ、前記の原告中野薰の船上の生活から、同原告の自己使用の必要性を認めながら、なお次のように説示して正当事由を否定した。

「しかし、被告は、二〇年以上に亘つて平穏に本件家屋に賃借居住してきたものであつて、病妻、老母を含む六人家族が余裕のない生活を送つているのであり、殊に長男は本件家屋で珠算の教授をしているのであつて、住宅難が幾分緩和した今日においても、被告の資産状況、家族の構成から考えて、他に適当な移転先をみつけることの困難であることに変りはなく、賃借人たる被告の安全は保障されていないところ、原告中野薰は現在四人家族で前記箱型船に居住し、その居住空間としても居住条件としても決して充分なものではないが、原告中野薰は昭和二八年頃より貸ボート屋を経営するため、現状の水上生活を甘受して右箱型船に居住するに至つたものであつて、原告中野薰にとつて必らずしも受忍できない居住条件ではなかつたのであり、しかも、原告等は、被告居住の本件家屋のほかこれに隣接する家屋を共有し、もし原告中野薰においてこれに居住する意思があれば、その住居として使用しうる十分な機会があつたにもかかわらず、これを売却処分したのであつて原告の責に帰すべからざる事由によつて、原告中野薰が生活の本拠を失つたとか、或は生活の本拠として不適当な水上生活を余儀なくされたというものでもないのである。

原告等は、本件家屋に隣接せる家屋を売却処分したのは、遺産分割に伴う財産の換価であつて、共同相続制度に必然の現象であり、原告中野薰をこれに居住せしめるについては、共同相続人である樋上シヅ等五名の同意を要するところ、その同意は拒絶されること必至であつたと主張するけれども、遺産の分割には常に必ず財産の換価処分を伴うものでなく、特定の財産を共同相続人の全員又は数人の共有とすることも分割の一方法であつてその趣旨において、右樋上シヅ等五名が原告等三名を相手方として遺産分割の調停の申立をなした結果、原告等三名が本件家屋、その隣接家屋等の財産を共有し、右樋上シヅ等五名に対し相続分相当額の金員を支払うことによつて、右の遺産分割の調停が成立したのであり、従つて、右調停が成立した昭和三一年一月二六日以降においては、右隣接家屋は原告等の共有に帰し、かつ右家屋は空屋の状態であつたのであるから、もし、原告等において原告中野薰をしてこれに居住せしめる意思があれば、前記樋上シヅ等五名の共同相続人の同意を要せず、その目的を達成しうるものである。そして、原告等が、原告中野務、同中野康祐が調達して右樋上シヅ等五名に支払つた相続分相当額の金員をいかに分担しいかに支弁するか、原告等が相続した中野辰蔵の債務をいかに返済するかは、原告等の内部関係の問題であり、そのため前記隣接家屋を売却処分するか、或は原告中野薰をこれに居住せしめるかは、原告等において自由に決定しうるところ、原告等は前者の方法を採ることとし、昭和三二年一〇月一五日これを売却処分したのであつて、原告等において右の売却処分が急迫した事情のもとに必要やむをえない措置としてなしたものとする主張も立証もしないのであるから、結局、原告等は、原告中野薰をして右隣接家屋に居住せしめる十分な機会があつたのにもかかわらず、これを売却処分したものというべきできる。

しかも原告等が本件賃貸借解約の申入れをなすに至つた動機経過等を検討すると、原告等は、その共有にかかる被告居住の本件家屋を有利に換価処分して、原告等各自に分割配分する意図とともに、原告中野薰において本件家屋を居住使用したい希望もあつたので、その趣旨において、被告に対し昭和三一年頃より立退料金二〇〇、〇〇〇円を支払うとか、或は本件家屋の売却代金の半分を支払うとか条件を提示して明渡の交渉をなし、被告の提供する賃料の受領を拒絶したが、昭和三二年四月に至り、かねて被告において弁済のため供託した同月分までの賃料を受領し、以後昭和三三年三月分までの賃料について任意弁済をうけている経過であつて、原告等は、本件家屋に原告中野薰を居住せしめることよりも、むしろ共有持分の分割の方法として換価処分することを重視していたことが認められる。

このようにみてくると、原告中野薰は生活の本拠として不適当な水上生活をしているのであり、その意味で原告等の本件家屋についての自己使用の必要性は、一応これを認めることはできるのであるが、前記認定の原被告双方の事情を比較考慮すると、その必要性においても、その緊急性においても原告等側のそれが被告側のそれと同等乃至は超過しているとは認められず、結局、原告等の本件賃貸借解約の申入れについて、その正当事由を肯定することはできない。このことは、原告等が被告に対し本件家屋の明渡の交渉をなす際及び民事調停手続に際して、立退料として金二〇〇、〇〇〇円を提供すること等を提案した事情を考慮しても、右の明渡の交渉が前記認定の如き事情のもとに行われたものであつてみれば、右の結論を左右するものではない。」

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